榎本 英雄
えのもと ひでお
えのもと ひでお
いまから32年前の5月12日に私は晴れて若手会という組織の会長に全会員の熱烈な支持のもと就任しました。
2年後の5月に同根の二世会と統合し合計75名の横浜青年経営者会(青経会)が発足しました。当時の日経新聞の記事には、「青経会の目的は①会員相互の研鑽、研修、情報交換②情報収集のための調査・研究③市工連への提言」と書かれていましたが、その目的をこの30年間見失うことなく積み上げてこられた後輩各位に頭が下がる思いです。
会長時代の2年間で思い出に残っている出来事は、パソコンが普及し始めた頃にわが社で35人が集まって松村さんや社員を先生にしてパソコン教室を開催したことです。私もその時に勉強したはずですが、30年後の現在は若手にスマホやパソコンを教えてもらい、「昔は教えていたのに…」とボヤいている毎日です。
もう一つは「マッチャンツアー」です。青経会発足初期はみんな40代のバリバリで、何に対しても前向きでした。その中で自然と生まれたのが「マッチャンツアー」でした。第一回目が1988年4月で10名が夜に成田を立って群馬の初穂ロッジでゴルフ三昧。その後サイパン、ソウル、香港など毎年のように開催され、その中で経営者として人格形成に励んできました。そうした若いときの仲間が現在の現役・ОBで130名を要する集団となり強い団結力につながっていったのだと思います。
20年ほど前、ある大学の校友会の会長をしていた時に校名の変更問題が生じました。
その大学は〇〇工業大学とそれなりの大学でしたが、学長が言うには「〇〇の二文字は良いが工業はネガティブで3Kのイメージが強くて生き残れない」というものでした。
一方日本は世界ではモノづくり大国として評価されています。2040年には文科系の人間はAĪなどの普及で80万人は余ると言われているわけですから、これから物づくり、理科系の人財がどんどん必要とされていく時代となるはずです。我々青経会がますます活躍すべき時代を迎えますから自信を持って頑張っていきましょう。